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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7620号 判決

原告 本庄健

〈他八名〉

右九名訴訟代理人弁護士 吉田和夫

被告 破産者東洋プラント工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 鎌田俊辻

同 磯崎千寿

主文

原告らの請求は何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一、原告各自が、破産者東洋プラント工業株式会社に対し、別表のとおりの破産債権を有することを確定する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(請求原因)

一、原告らは、別紙一覧表の入社年月日に、訴外東洋プラント工業株式会社(以下訴外会社という)に入社したが、訴外会社は昭和四二年一月二五日頃、倒産し、再建のめどがたたないので、同月三一日原告らを含め従業員全員を訴外会社の都合により解雇した。

原告らの退職時における給与額は別紙一覧表「退職時給与額」欄〈省略〉記載のとおりである。

二、1、訴外会社では、訴外会社の就業規則五二条に基づく給与規定三条、三五条により退職年金規約が定められ、それによって、退職年金制度加入者が退職した場合はその者に対し退職年金、退職一時金が支給されるようになっている。

即ち、勤続三年以上の従業員は右退職年金制度への加入資格を取得し、全員右制度に加入するものとし(退職年金規約三条一項)、その加入時期は、加入資格発生後最初の五月一日とすると定められ(同規約三条三項)、加入者が勤続期間二〇年以上かつ満五〇才以上に達した場合は、退職年金受給資格を取得する(同規約五条一項)が、右資格を得ないで退職した場合は、勤続期間に応じ退職時の基本給に同規約別表の退職一時金支給率表に定める支給率を乗じた額の退職一時金の支給を受ける(同規約六条)ものとされる。

原告らは、何れも勤続三年以上のものであるが、右退職年金規約に定める退職年金制度への加入時期到来前に訴外会社から解雇されたものである。

2、しかし、右退職年金規約中退職一時金の受給資格については、左記理由により従業員が三年以上勤続すれば、退職年金制度への加入時期が到来するのをまたず、その受給資格を取得するものと解すべきである。

(一) 訴外会社における退職金の法的性格は賃金の後払的性質を有するのであり、賃金である以上、退職金受給資格に一定の制限があるのは格別、退職金受給資格を有する従業員には全員適用があるのが当然であって受給資格者の中からさらにその制度に加入することとし、その加入者に対して支給するというのは訴外会社における退職金の賃金としての法的性格を無視するものであるといわなければならない。

(二) 訴外会社の退職年金規約は、会社が常態で存続することを前提としたものである。従って、本件の場合のように訴外会社が倒産して従業員全員を解雇せざるを得ないような非常事態は顧慮外であって、このような場合においてたまたま加入資格を有しているが加入時期未到来のため加入していない者が生じた時、かかる者には退職金を支給しないという意味ではなく、むしろこのようなときには、加入資格を有する者には全部退職金を支給すると解するのが破産会社の退職金が賃金の後払的性格を有する趣旨に合致し至当である。

(三) 破産会社が退職年金規約に加入時期を設けたのは、全く事務上の便宜のためであって、実質的な理由は何らない。

即ち、規約上加入時期を一定とすることによって意味のあるのは、一六条により「訴外会社が拠出する源資を年金基金として株式会社大和銀行との間の年金信託契約に基づいて同銀行に信託し、その管理運用ならびに給付事務を委託する」ので従業員が資格取得に必要な勤務年限に達したとき順次委託することとすると株式会社大和銀行及び訴外会社において手続が煩瑣なので、一定時期にすれば一度ですむこと、又第一三条により給付財源を拠出するときその金額は加入者の加入期間中毎月基本月額の一四パーセントと規定されているので、その年に新たに加入するものを一定時期にすれば計算が簡単にすむということ以外何もない。

従って右のような事務の便宜だけのために退職金受給請求権が発生しないというのは本末てん倒も甚だしいといわなければならない。

(四) 仮りに右主張が容れられないとすれば、本件の場合昭和三八年四月三〇日入社の者は勤続年数四年で倍率六・〇の退職金が支給されるに拘らず、同年五月二日入社の者は同じ勤続年数でありながら全然支払されない結果となり、同規約第二条にいう不当な差別的取扱をしないという規定にも反する結果となる。しかも、本件の如く倒産の場合の退職金源は本規約の信託財産ではない(規約第一四条)のであるから、信託のための事務上の手続の犠牲になる必要は何らない。

3、従って、原告らは退職年金規約に基づき、退職一時金の受給資格を有する。

三、仮りに原告らの右主張が認容されないとしても、加入資格取得後の加入時期は、訴外会社が存続する限り歴に従って当然に到来するものであるから、期限と解すべきところ、訴外会社は昭和四二年一月三一日倒産により従業員全員を解雇したものであるから、期限の利益を放棄したものであって、原告らは、本制度加入者として退職一時金を受給する権利を有するものである。

四、仮りに右主張が理由ないとしても同規約三条三項は加入資格取得後の最初の五月一日まで従業員として勤務していることを停止条件として退職金受給権の効力が発生すべきであるところ、訴外会社は原告らが昭和四二年五月一日まで勤務すれば、退職金受給権の効力が発生することを知りながら、訴外会社は倒産のため原告らを解雇し、原告らが右五月一日まで従業員として勤務し退職金の請求権を取得することを妨害したものである。従って原告らは民法第一三〇条により停止条件成就したものとして請求の趣旨記載の如き退職金請求権を取得したものである。

五、仮りに右主張が理由ないとしても、加入有資格者が本制度に加入する以前であっても、加入有資格者には退職一時金を支給する黙示の定めがあったから、退職年金規約六条の準用により原告らは退職一時金を受給する権利を有する。

六、従って、原告らは、訴外会社が昭和三九年四月一日より施行した退職年金規約別表2退職一時金支給率表(定年・会社都合)の規定により別表一覧表記載のとおりの退職金債権を有するものである。

七、ところが訴外会社は、その債権者により破産を申立られ、昭和四二年(フ)第三八、三九、四八、五一、五四号破産事件として東京地方裁判所に係属し、同年三月一〇日午前一一時破産の宣告を受けた。

八、そこで、原告らは別表のとおり破産債権者として昭和四二年四月二五日(但し、原告川上啓及び同藤瀬勝久両名は同年六月二九日)退職金債権の届出をしたが、同年一〇月二日の債権調査期日に、破産管財人である被告が、原告らの右届出債権に対し全額異議を述べたので、原告らは、その確定を求めるため本訴を提起した次第である。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因一項の事実は認める。

原告らは、訴外会社から一カ月の解雇予告手当の支給を受けた。原告らの解雇は昭和四二年一月三一日その効力を生じた。

二、同二項1の事実は認める。

同二項2、3の主張は争う。

原告らは、その訴外会社へ入社日時から計算して昭和四二年五月一日訴外会社の従業員であってはじめて訴外会社の前記退職年金制度に加入することを得たのである。

然るに、原告らは昭和四二年一月三一日訴外会社を解雇されたので、前記退職年金制度に加入するにいたらなかったものである。

三、同三項の主張は争う。

四、同四項の主張は争う。

故意に条件の成就を妨げた場合であってもそれが信義則に反しない場合には故意に妨げたことにはならない。訴外会社が原告らを解雇したことは決して信義に反するものではない。のみならず、原告らは、訴外会社から一ケ月の解雇予告手当の支給を受け之を異議なく受領しており、条件成就を妨げる行為に同意を与えているのであるから条件成就とみなす権利を取得しないというべきである。

五、同五項の事実は否認する。

六、同六項の主張は争う。

七、同七項の事実は認める。

八、同八項の事実は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一、請求原因一項、二項1、七項および八項の事実は当事者間に争いがない。

二、右事実によれば、原告らは昭和四二年一月三一日現在何れも勤続三年以上に達し訴外会社の退職年金規約三条一項による退職年金制度加入有資格者であったこと、しかし同規約三条三項に定める右制度への加入時期である同年五月一日以前である同年一月三一日に解雇されたため、原告らは右制度に加入するに至らなかったことを認めることができる。

原告らは、右退職一時金は賃金の後払的性質を有するものであるから、原告らが右退職年金制度に加入する資格を取得したときに退職一時金の受給資格を取得するものと解すべきであると主張するが、本件退職一時金の法的性格が賃金の後払的性質を有するとしても、原告らはその従業員たる資格に基づいて当然にその受給すべき資格を取得するのではなく、労働協約又は就業規則及びそれらに基づく退職金規定に定められた支給条件を充してはじめてその受給資格及び受給権を取得するものと解すべきであって、本件の場合、訴外会社の退職年金規約によって原告ら従業員は退職年金制度加入資格発生後最初の五月一日に右制度に加入すべきことが定められているのであるから、原告らは右時期に本制度に加入できてはじめてその受給資格を取得するものというべく、右退職一時金の法的性格如何によって右制度への加入時期到来前にその加入の効果を遡及させる等その効果発生時期を区別して考えるべき理由は見当らない。

従って原告らの右主張はその余の点を判断するまでもなく採用できない。

また原告らは退職年金制度加入資格発生後最初の五月一日に右制度に加入すべき旨を定めた同規約三条三項は、同日以前に加入資格を取得したものと同日後に加入資格を取得した者とを不当に差別することになり、本制度につき特定の者につき不当に差別的な取扱をしない旨定めた同規約二条に違反する旨主張するが、同規約三条三項のような定めをしても特定の者につき不当に差別的な取扱をしたことにならないことは明らかであるから、原告らの右主張は採用の限りではない。

三、期限の利益放棄の主張について

前記認定事実によれば、原告らが訴外会社の退職年金制度に加入し、退職一時金の受給資格を取得するためには、原告らが加入資格取得後引続きその最初の五月一日までその従業員たる地位を保持すべきことを要すべきことが認められるから、原告らの右退職一時金の受給資格ないし受給権の取得は「原告らが右加入時期まで従業員であれば」という条件にかかるものというべく、右をもって期限付権利であるとすることはできないから、期限付権利であることを前提としてその期限の利益の放棄を主張する原告らの主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四、条件成就妨害の主張について

原告らが昭和四二年一月三一日現在何れも勤続三年以上に達し訴外会社の退職年金規約上退職年金制度加入有資格者であり、加入資格取得後最初の五月一日である同年五月一日まで従業員として勤務すれば、右規約上訴外会社の退職年金制度に加入し退職一時金の受給資格を取得すべきところ、訴外会社は倒産のため同年一月三一日原告らを含め従業員全員を訴外会社の都合により解雇したため、原告らは同年五月一日の右制度の加入時期において右制度に加入することができなくなったことは前記認定のとおりである。

しかし〈証拠〉によれば、訴外会社の就業規則には経済界の変動等の事由に依り会社が事業の縮小又は閉鎖の止むなきに至ったときは、訴外会社は従業員に対し三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給して解雇することができる旨定められている(同規則二〇条)ところ、訴外会社は昭和四二年一月二五日頃倒産したため、同年一月三一日やむをえず原告ら従業員全員に対し一ケ月分の解雇予告手当を支給して同人らを解雇したことが認められるから、訴外会社の右解雇が原告らとの間で信義則には反しないものということができ、従って原告らは右解雇をもって本件退職一時金受給資格取得につき条件成就とみなす権利を取得していないというべきである。

そうすると原告らの停止条件成就妨害による条件成就の主張は採用できない。

五、原告らは、本件退職年金制度加入有資格者が右制度加入前に退職した場合であっても、加入有資格者に対し退職一時金を支給する旨の黙示の定めがあった旨主張するが、〈証拠〉を総合すると、訴外会社は、従業員に対する退職手当につき就業規則および給与規定においてこれを支給すべき旨のみを定め、その細則は他の規定に委任していたが、昭和三九年頃右規定を受けて訴外会社の退職手当に関する規約として前記退職年金規約を設けたこと、右規約を設けるにあたり訴外会社は当初勤続三年以上の従業員には退職一時金を受給する資格を与える方針で検討したが、右退職金の源資を訴外株式会社大和銀行に信託し、その管理運用ならびに給付事務を右大和銀行に委託した関係から、右大和銀行の要望により事務上の煩わしさを防ぐ必要上、勤続三年以上の従業員には同規約による退職年金制度加入資格のみを与え、右加入資格後最初の五月一日に一括して右制度へ加入することと定められた結果、勤続三年以上のものであっても加入資格取得後最初の五月一日が到来する以前に退職したものは、右規約に基づく退職一時金の受給資格を取得できなくなったこと、訴外会社には右のほか、右規約による受給無資格者のみを対象として退職一時金を支給すべき旨を定めた規定ないし規約は存在しないこと、以上の事実を認めることができる。

右認定に反し、勤続三年以上の従業員は退職一時金の受給資格を取得し、右のうち退職年金制度未加入者に対しては訴外会社は右年金以外の財源からこれを支給すべき口頭の約定があったとする証人山内憲司の供述部分は、前記認定の経過に照してにわかに措信できないし、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。〈以下省略〉。

(裁判官 渡辺剛男)

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